長野県 米農家 金崎さん

全国各地の記録的暖冬、そして雪不足……。都心に住んでいるだけでは気づかない弊害が、雪国の産業に影響を与え始めているのをご存じでしょうか。

今回、気候変動の取材で訪れたのは長野県飯山市。年間の3分の1が雪に覆われる特別豪雪地帯で、日本有数の米どころでもあります。

初夏の風景。「うさぎ追いしかの山~」で始まる唱歌『故郷』は飯山周辺の原風景が元になっている
飯山市内の米農家が毎年のように「食味分析鑑定コンクール・国際大会」で金賞を受賞していることから、飯山市は「世界一おいしいお米の生産地」を掲げている

飯山市のお米がおいしい理由は、寒暖差の激しい気候です。冬に山間部に降り積もった雪は、春には雪解け水となって田畑を潤します。ミネラルをたっぷりと含んだ湧き水と、昼夜の寒暖差の激しい気候が、おいしいお米を育む。

また、積雪が多く雪質が良いことから、戸狩温泉スキー場を中心とした観光産業も重要な経済基盤となっています。

しかし近年、降雪量の減少などの気候の変化が起こっています。地元の方は、その変化をどう感じ、どんな影響を受けているのでしょうか?

今年72歳の金崎和昭さんは、飯山市で7代続く米農家。「食味分析鑑定コンクール・国際大会」で3年連続金賞を受賞し、皇室献上品にもなるほど高い評価を受けている
最初にお話を聞いたのは、日本一のコメ農家である金崎さん。今年の雪不足が地域に及ぼす影響を懸念しているといいます。その理由を聞きました。

──ここ数年、気候変動のニュースが頻繁に報じられています。昔と今で気候の変化を感じていますか?

金崎:今年は本当に雪が少ないですね。本来なら雪が降り積もってるはずの1月25日~30日時点で、積雪が0センチでした。こんな光景は生まれて初めてです。

金崎さんが「思わず写真に撮ってしまった」という自宅前の様子

──飯山市の積雪量を昭和2年(1927年)から毎年計測しているデータを見させてもらったんですが、これを見ても今年は雪が本当に少ないですね。

金崎:雪が減り続けているというよりは、周期的な現象のような考え方もありますね。今朝ラジオを聞いていたら、92歳の方が「今年のような雪の少ない年は、60年程前にもあった」と言っていて。

昭和2年から飯山観測所が記録しているデータ
こちらは飯山市の2010年~2019年度の降雪量データ(12~3月の合計)をグラフ化したもの。注目すべきは2015年と2019年で目に見えて降雪量が減っている

──気象庁のデータで見ると明らかですね。2018年度の12月=178cm、1月=344cmに対して、2019年度は12月=7cm、1月=53cmでは雲泥の差な。

金崎:今の時期は例年なら、2メートルくらい雪が積もって、うちの庭の木がすっぽり隠れているものなんです。今年は気温が高くて、1番低い朝方でもマイナス気温にならず2度くらいあります。異常というか、正直違和感が強いです。

──雪が少ないと、米作りにはどういう影響があるのでしょうか?

金崎:雪が降らないと、雪解け水が少なくなります。うちの田んぼには、先祖の頃から雪解け水をためているため池と、涌井清水という湧き水から水を引いているんです。だから雪が減ると、水不足で田植えができなくなってしまいます

──雪解け水が、米作りを支えているんですね。

金崎:そうなんです。200年前、この辺りの集落の人たちがお金を出しあって、湧き水がたまっているところから水を引くためにずい道(水路となるトンネル)を掘ったんです。新潟の職人さんに頼んで、今のお金で何億円もかかったそうで。

長さ80メートルほどあるんですが、道具がない時代だったので集落の人たちも手で掘ったそうです。それから今日まで、米作りが続いてきたんです。

──雪不足になってしまうと、そこから水が引けなくなってしまうんですね。

金崎:山の保水量や土に含まれる水分が減るので、春の田植えを乗り切ったとしても、夏頃になると水が足りなくなる恐れがある。稲が成長していく過程で、何段階かに分けて水を大量に必要とするんですが、その水が足りるかどうか……。

金崎さんの管理する水田はおよそ40ヘクタールにもおよぶ

──それは心配ですね……。春以降に雨が降ったとしても足りないんでしょうか?

金崎:普通に雨が降ったくらいではだめですね。大量に降ったとしても、集中豪雨では水害になってしまいますから。

──他にも気候の変化を感じるところはありますか?

金崎:飯山は昼と夜の寒暖差が激しいのですが、最近はあまり気温差を感じられない日が多いですね。一体どうしたのやら。

稲穂は夜間の寒さから自分を守ろうとして、糖分を作ります。それで甘く粘り気がある米になるんです。涼しい気候だと、虫や病害も少ない。

それがここ数年は日が沈んでも、あまり気温が下がらなくなっています。昔は夏場に30度を超えることはめったにありませんでしたが、最近はそれもザラになりました。夏の暑さも、水不足の原因になっています。

──収穫量にも影響はあるんでしょうか?

金崎:一昨年は、例年より2割ほど収穫が少なかったです。稲穂に付く米が減ったり、米質が未熟で、出荷できるようなお米にならない部分があったのが原因です。同じ栽培をしていても、微妙な気候の影響があるのかもしれないですね。それがちょっと見過ごせなくなってきたように思います。

──農業以外には、どんな影響があるのでしょうか?

金崎:地元にある戸狩温泉スキー場は、影響が大きいでしょうね。1955年に民宿の営業が始まって、その翌年にスキー場が開業したんです。

昔は農業以外には、ミノやワラ細工くらいしか収入を得る方法がなかったので、出稼ぎにいくしかありませんでした。でも観光産業が盛り上がったおかげで、農業以外に食べていく道ができたんです。

それが、ここ数年は観光客の呼び水となる雪が減ってしまっています。

──2月に入ったのに雪が少ないというのは、深刻な事態ですよね。

金崎:昔は12月の頭には雪が降っていたので、年末年始には確実にスキー場も営業ができていました。今は営業できる日数が短くなって、稼ぎづらくなってのが実情です。

除雪の仕事も、地域の方の大事な季節労働になっているんです。飯山市は本当に、雪が無ければ成り立ちません。

昨年2月に撮影した飯山の様子。大きく育った雪の壁は屋根の高さに迫る勢いだ
一方、今年は路面が露出していて屋根に積もる雪もない

──雪の深さを生かして、発展してきた地域なんですね。そういえば世界的に見ても、飯山市のような豪雪地帯に1万9000人もの人が住んでいるのは珍しいとか。

金崎:ほおお、そうなんですか(笑)。地元に住んでいると、雪が当たり前の光景なのであまり考えたことがなかったです。

──飯山に住む人たちが冬の厳しさを乗り越えて住み続けてこられたのは、なぜだと思われますか?

金崎:豪雪地帯なんですが、実は災害は少ないということがあるかもしれません。山に囲まれているので、台風が直撃してもあまり風が来ないし、山が大きく崩れたりしたこともないです。

──そういう意味では安全な場所だったんですね。

金崎:ただ、昔は今と違って除雪機がないし、冬の生活は本当に大変だったと思います。でもその苦しさがあるからこそ、春が来たときの喜びが大きい。長い冬を越えた時の、春の色彩の強さや開放感がすごく気持ちいいんです。

この土地に住み続けないと伝わらないような素晴らしい春が待っている。それを楽しみに暮らしてきたのではないかと思いますね。

5月上旬に満開となる「菜の花畑」は飯山の観光名物

──なるほど! 寒暖差の激しい気候だからこそ、長い冬をグッと堪えて堪えて……春の気持ちよさが高まると。熊の冬眠明けの画が浮かびました(笑)。

金崎:ははは、いやー本当に堪らないんですよ。だから、今年みたいに冬の寒さが短くて、気温だけが春みたいになってしまうのは全然気持ちがよくないですね。心と体が一致しないというか。この先どうなってしまうんだろうと、悲しいし不安に思います。

「50年以上米作りをやってきましたが、今まで水に不自由したことがほとんどなかった。だからどこかで水が無限だと思っていたところもあります」と帰り際に話してくれた金崎さんの言葉が、自然の残酷な変化を物語っています。

続いてお話しを伺ったのは、戸狩温泉スキー場の麓に店を構える「カフェ ペンティクトン 」の店主・木原孝(52)さん。1995年にオープンして以来、看板メニューの焼きカレーが評判でスキー場を訪れる観光客や、著名人のファンも多い人気店です。

地元産の食材にこだわり、スパイシーで水分の多いカレーと合わせるお米は金崎さんの作る「キヌヒカリ」を愛用。近年の気候の変化や、雪不足によるスキー客の減少の影響についてお聞きしました。

──今年はとくに雪が少ないと言われていますが、実感されることはありますか?

木原:普通なら2月に入ると、うちの店は周囲が全部雪に埋まってしまって、周りから見えなくなるんですよ。でも今は見えているでしょう? それくらい雪が少ないです。

今年は雪がなくて店が丸見えか。観光客が店の存在に気づきやすくなったので、実は雪が少ない年の方がうちは忙しいんです(笑)。

「自然豊かな飯山の生活は素晴らしい」と語る木原孝さん

──しかし雪不足だと、スキー場は大打撃ですよね?

木原:雪が少ないと3月にはスキー場の営業が終わってしまうので、影響は大きいですね。本来なら4月でも滑れたんですが……。

今年2月に福井県の雁が原スキー場が破綻したことも、他人事ではないと思っています。昔なら、スキー場がつぶれそうだったら買い取ってくれる企業がたくさんあったけれど、今はそれも期待できません。

もし戸狩温泉スキー場がつぶれてしまったら、飯山市の観光産業や雇用が全部ダメになってしまう可能性も高い。そうなったら、うちの店もどうなるか分かりません。

──このお店は、スキーシーズンの売上が全体の何割くらいなんですか?

木原:一年を通した売上全体の半分をスキーシーズンの約3カ月間で稼いでます。25年前に開業した頃は、シーズン中の売上だけで残りは働かなくていいくらいでした。その頃に比べると、スキー場のお客さんが4分の1くらいに減っていると思います。

──農作物に影響がありそうでしょうか。

木原:農業はとくに気候の変化の影響を受けるでしょうね。いわゆる「コシヒカリ」は水分量が多くて甘い。うちのサラサラしたスパイシーなカレーに合うのは、金崎さんの「キヌヒカリ」しかないんです。そもそも「キヌヒカリ」は金崎さんが独自に栽培されている貴重な品種で、他ではあまり手に入らないお米なんですよ。

──米の粒が立っていて、カレーのおいしさに負けないぐらいお米がおいしいですもんね。

木原:金崎さんの「キヌヒカリ」が無ければ、うちのカレーは成り立ちません。もし気候変動の影響で無くなってしまったら僕はカレー屋をやめます。そうならないように、何か行動を起こさないといけないと思いますね。

世界有数の豪雪地帯・長野県飯山市で起きている降雪量の変化。一昔前の昭和18年(1943年)には142日間もの降雪日を記録し、昭和20年(1945年)には697cmの除雪積算量があった土地です。

その後、大雪が降ったり降らなかったりと読めない自然の周期があるのもグラフから読み取れます。しかし、金崎さんと木原さんが語る通り「令和」に入ってからの雪の少なさは異常な印象を受けるのも事実です。
最後に話を聞いたのは、飯山で生まれ育ち、一生飯山で暮らし続ける覚悟を持った小林直博(28)さん。これからの町を支える若者として何を想うのでしょうか。

「雪が少ないのは生活する分には本当に楽なんですが、それ以上に失うものが大きいですね。豪雪地帯で約28年暮らしていると、雪はもはや自分にとってのアイデンティティのひとつ。飯山にとって雪はこの地域の象徴だと思います。

世代の違う人たちと話すときも共通言語としてコミュニケーションがとれますし、他の地域の人たちと話すときも、思いかえすと絶対に雪の話をしているんですよね。もし自分が親になったら、雪で経験したことを子どもに伝えるはず。なくなったら難しくなりますね」

気候変動については「正直分からないですね。これからの地球や未来がどうなるとかも。ただ、厳しい自然環境の飯山で暮らしていて常に感じるのが、『自分たちは自然環境のなかで生かされてる』ということだけです。この自覚が自然と共生していく上で大切だと思っています」と、言葉を選びながら話してくれました。

厳しい冬の環境下から生まれたスキー場を軸とした観光産業は今後どうなってしまうのか。寒暖差の気候を生かしたお米や野菜の農業はどうなってしまうのか。

気候変動をミクロな視点で捉えたときに心配は尽きませんが、日本列島の四季を支える自然環境はゆるやかにつながっています。飯山市の雪が少なくなれば、栄養豊富な雪解け水が川に流れ出ず、流域上に影響を与える可能性も……。

決して他人事とは思わず、3月23日の「世界気象デー」をきっかけに自然との向き合い方を考えてみてはいかがでしょうか。

取材:徳谷柿次郎(Huuuu)
構成:都田ミツ子
撮影:小林直博

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