全国各地の記録的暖冬、そして雪不足……。都心に住んでいるだけでは気づかない弊害が、雪国の産業に影響を与え始めているのをご存じでしょうか。
今回、気候変動の取材で訪れたのは長野県飯山市。年間の3分の1が雪に覆われる特別豪雪地帯で、日本有数の米どころでもあります。
飯山市のお米がおいしい理由は、寒暖差の激しい気候です。冬に山間部に降り積もった雪は、春には雪解け水となって田畑を潤します。ミネラルをたっぷりと含んだ湧き水と、昼夜の寒暖差の激しい気候が、おいしいお米を育む。
また、積雪が多く雪質が良いことから、戸狩温泉スキー場を中心とした観光産業も重要な経済基盤となっています。
しかし近年、降雪量の減少などの気候の変化が起こっています。地元の方は、その変化をどう感じ、どんな影響を受けているのでしょうか?
金崎:今年は本当に雪が少ないですね。本来なら雪が降り積もってるはずの1月25日~30日時点で、積雪が0センチでした。こんな光景は生まれて初めてです。
金崎:雪が減り続けているというよりは、周期的な現象のような考え方もありますね。今朝ラジオを聞いていたら、92歳の方が「今年のような雪の少ない年は、60年程前にもあった」と言っていて。
金崎:今の時期は例年なら、2メートルくらい雪が積もって、うちの庭の木がすっぽり隠れているものなんです。今年は気温が高くて、1番低い朝方でもマイナス気温にならず2度くらいあります。異常というか、正直違和感が強いです。
金崎:雪が降らないと、雪解け水が少なくなります。うちの田んぼには、先祖の頃から雪解け水をためているため池と、涌井清水という湧き水から水を引いているんです。だから雪が減ると、水不足で田植えができなくなってしまいます。
金崎:そうなんです。200年前、この辺りの集落の人たちがお金を出しあって、湧き水がたまっているところから水を引くためにずい道(水路となるトンネル)を掘ったんです。新潟の職人さんに頼んで、今のお金で何億円もかかったそうで。
長さ80メートルほどあるんですが、道具がない時代だったので集落の人たちも手で掘ったそうです。それから今日まで、米作りが続いてきたんです。
金崎:山の保水量や土に含まれる水分が減るので、春の田植えを乗り切ったとしても、夏頃になると水が足りなくなる恐れがある。稲が成長していく過程で、何段階かに分けて水を大量に必要とするんですが、その水が足りるかどうか……。
金崎:普通に雨が降ったくらいではだめですね。大量に降ったとしても、集中豪雨では水害になってしまいますから。
金崎:飯山は昼と夜の寒暖差が激しいのですが、最近はあまり気温差を感じられない日が多いですね。一体どうしたのやら。
稲穂は夜間の寒さから自分を守ろうとして、糖分を作ります。それで甘く粘り気がある米になるんです。涼しい気候だと、虫や病害も少ない。
それがここ数年は日が沈んでも、あまり気温が下がらなくなっています。昔は夏場に30度を超えることはめったにありませんでしたが、最近はそれもザラになりました。夏の暑さも、水不足の原因になっています。
金崎:一昨年は、例年より2割ほど収穫が少なかったです。稲穂に付く米が減ったり、米質が未熟で、出荷できるようなお米にならない部分があったのが原因です。同じ栽培をしていても、微妙な気候の影響があるのかもしれないですね。それがちょっと見過ごせなくなってきたように思います。
金崎:地元にある戸狩温泉スキー場は、影響が大きいでしょうね。1955年に民宿の営業が始まって、その翌年にスキー場が開業したんです。
昔は農業以外には、ミノやワラ細工くらいしか収入を得る方法がなかったので、出稼ぎにいくしかありませんでした。でも観光産業が盛り上がったおかげで、農業以外に食べていく道ができたんです。
それが、ここ数年は観光客の呼び水となる雪が減ってしまっています。
金崎:昔は12月の頭には雪が降っていたので、年末年始には確実にスキー場も営業ができていました。今は営業できる日数が短くなって、稼ぎづらくなってのが実情です。
除雪の仕事も、地域の方の大事な季節労働になっているんです。飯山市は本当に、雪が無ければ成り立ちません。
金崎:ほおお、そうなんですか(笑)。地元に住んでいると、雪が当たり前の光景なのであまり考えたことがなかったです。
金崎:豪雪地帯なんですが、実は災害は少ないということがあるかもしれません。山に囲まれているので、台風が直撃してもあまり風が来ないし、山が大きく崩れたりしたこともないです。
金崎:ただ、昔は今と違って除雪機がないし、冬の生活は本当に大変だったと思います。でもその苦しさがあるからこそ、春が来たときの喜びが大きい。長い冬を越えた時の、春の色彩の強さや開放感がすごく気持ちいいんです。
この土地に住み続けないと伝わらないような素晴らしい春が待っている。それを楽しみに暮らしてきたのではないかと思いますね。
金崎:ははは、いやー本当に堪らないんですよ。だから、今年みたいに冬の寒さが短くて、気温だけが春みたいになってしまうのは全然気持ちがよくないですね。心と体が一致しないというか。この先どうなってしまうんだろうと、悲しいし不安に思います。
「50年以上米作りをやってきましたが、今まで水に不自由したことがほとんどなかった。だからどこかで水が無限だと思っていたところもあります」と帰り際に話してくれた金崎さんの言葉が、自然の残酷な変化を物語っています。
木原:普通なら2月に入ると、うちの店は周囲が全部雪に埋まってしまって、周りから見えなくなるんですよ。でも今は見えているでしょう? それくらい雪が少ないです。
今年は雪がなくて店が丸見えか。観光客が店の存在に気づきやすくなったので、実は雪が少ない年の方がうちは忙しいんです(笑)。
木原:雪が少ないと3月にはスキー場の営業が終わってしまうので、影響は大きいですね。本来なら4月でも滑れたんですが……。
今年2月に福井県の雁が原スキー場が破綻したことも、他人事ではないと思っています。昔なら、スキー場がつぶれそうだったら買い取ってくれる企業がたくさんあったけれど、今はそれも期待できません。
もし戸狩温泉スキー場がつぶれてしまったら、飯山市の観光産業や雇用が全部ダメになってしまう可能性も高い。そうなったら、うちの店もどうなるか分かりません。
木原:一年を通した売上全体の半分をスキーシーズンの約3カ月間で稼いでます。25年前に開業した頃は、シーズン中の売上だけで残りは働かなくていいくらいでした。その頃に比べると、スキー場のお客さんが4分の1くらいに減っていると思います。
木原:農業はとくに気候の変化の影響を受けるでしょうね。いわゆる「コシヒカリ」は水分量が多くて甘い。うちのサラサラしたスパイシーなカレーに合うのは、金崎さんの「キヌヒカリ」しかないんです。そもそも「キヌヒカリ」は金崎さんが独自に栽培されている貴重な品種で、他ではあまり手に入らないお米なんですよ。
木原:金崎さんの「キヌヒカリ」が無ければ、うちのカレーは成り立ちません。もし気候変動の影響で無くなってしまったら僕はカレー屋をやめます。そうならないように、何か行動を起こさないといけないと思いますね。
「雪が少ないのは生活する分には本当に楽なんですが、それ以上に失うものが大きいですね。豪雪地帯で約28年暮らしていると、雪はもはや自分にとってのアイデンティティのひとつ。飯山にとって雪はこの地域の象徴だと思います。
世代の違う人たちと話すときも共通言語としてコミュニケーションがとれますし、他の地域の人たちと話すときも、思いかえすと絶対に雪の話をしているんですよね。もし自分が親になったら、雪で経験したことを子どもに伝えるはず。なくなったら難しくなりますね」
気候変動については「正直分からないですね。これからの地球や未来がどうなるとかも。ただ、厳しい自然環境の飯山で暮らしていて常に感じるのが、『自分たちは自然環境のなかで生かされてる』ということだけです。この自覚が自然と共生していく上で大切だと思っています」と、言葉を選びながら話してくれました。
取材:徳谷柿次郎(Huuuu)
構成:都田ミツ子
撮影:小林直博