既存の概念を覆すアーティストとして活躍するライムスター宇多丸さんに、真のバリアフリーとは何かを考えてもらうきっかけとして、1日車いす生活を体験してもらった。
自身がパーソナリティを務める番組『アフター6ジャンクション』とも連動し、番組内では、アイドルグループ「仮面女子」の猪狩ともかさん、株式会社RDS杉原行里さんをゲストに招いて、「車椅子シーンの未来と今」を放送。
普段、味わうことのない不便さをリアルに体感し、宇多丸さんは何を思ったのか? 何を感じたのか? 何を語ったのか? 車いす生活スタート!前編はこちら
無事にTBSラジオに到着した宇多丸さん
タクシー運転手の秋山さんに別れを告げ、慣れ親しんだTBSラジオ社屋に入る宇多丸さん。みんなから「どうしたの?」という雰囲気が漂い、やや居心地の悪さを感じることも。
スタジオブースに到着。ブースの扉のところにある段差を乗り越えるのがなかなか難しい。しかし何度か行き来しているうちにコツをつかんでいく。そして、オンエア前に障害者用トイレに立ち寄ることに。TBSラジオではバリアフリーが進んでいるため、トイレに入ることは難しくないそう。しかし、便座に座るのはまた違った難しさがあった。
車いすでひと通りのことを体験した宇多丸さん。たった数時間の出来事だったが、さまざまな気づきがあったとか。一体どのようなことが見えてきたのだろうか。話も伺った。
「義務教育に取り入れるべき」。車いすに乗って見えたものとは!?
ー車いすで1日を過ごしてみていかがでしたか?
肉体的なことよりは、精神的なことでくるものがありましたね。タクシーに乗るときは特に。ここまでしないといけないのかという大げさな感じがあって、運転手さんはキャラもホスピタリティも最高だったんだけど、それでも自然とこちらが「すみません」と言ってしまう。本来なら、そういうことを言うべきではないと思うんですけど。
ー確かにタクシーの乗降には他人の力が必要そうでした。
あと、TBSラジオの見知った顔の人が「え?」っていう表情をするというか。みんな、僕が車いすに乗っていることに触れないし、触れられない感じがある。良くも悪くも気を遣ってくれますよね。警備員さんも普段は会釈するだけなのに、エレベーターのところまで付いてきてくれて。もちろん、他人の助けが必要な場面もあるから、一概に良い悪いじゃないんだけど、「あっちの人」と「こっちの人」みたいな状態が起こるんだな、と。それがずっと続くと、疎外感を感じてもおかしくないのかなと思いました。僕なんかはこんなにカッコいい車いすに乗せてもらってるけど、普通の車いすだったら、出歩かなくなるのもわかる気がします。「見せびらかしたい」っていうのは大事だなと思いました。
ー車いすに乗ったことで気づいた点もありますか?
普段見慣れている景色が一気に凶器に変わる感じがありましたね。1つずつが障壁になりうる可能性があるなと。道が少し傾斜しているだけで恐怖でしたから。あと、ドアも押すのは簡単だけど、引くのは難しいとか。今回はヤフーの本社からTBSラジオまでのすごく短い間での移動だったから良かったけど、これが渋谷の街中だったらと思ったらゾッとしました。1回でも車いすに乗ってみると、そういう見方ができるようになるから、本当に学校の義務教育に取り入れるべきですよ。
ー道徳とかにあるといいかもしれないですね。
道徳っていうと上から目線の押しつけっぽいから、ダイバーシティっていう授業でもつくった方がいいんじゃないですか。それで車いすだけでなく、視覚が奪われる「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」とかも経験してみる。そうすると、障害に対する見え方がすごく変わってくる気がします。障害のある人のほうが僕たちより感覚が研ぎ澄まされている部分があるし、なんなら健常者の方が鈍っている部分があるということに気づけるから。そのうち障害というものに壁を作らない意識が浸透してゆくといいですよね。それこそ、山田太一の『男たちの旅路』というドラマで「車輪の一歩」という車いすの人たちを巡る有名なエピソードがあるけど、あれは昭和50年代のドラマなのに、当時と同じ問題がまだ続いているっていうことでもあるわけで。「こんな時代もあったね」っていう昔話にできてないのが情けない。自分自身含めてなんとかしていかないといけないなと思います。僕も今日、体験するまではわからないことの方が多かったわけだから。
ー今回、車いすを体験したことで考え方は変わりましたか?
僕が手こずっていたタクシーの乗降もジャンプして一人でやっちゃう人がいるなんて話を聞くと、素直にすげぇなって思います。それと同時に、車いすでスポーツがやりたくなる気持ちもわかりました。「体を動かす」ことに対する意識が高くなるのかもしれない。だから、2020年のパラリンピックはすごく実感を持って観られるようになりましたね。
ーパラリンピックを契機に社会も変わっていくといいですよね。
そうですね。技術革新にもつながりますし。先ほど話に出ていましたけど、これから先は車いすでの暮らしに無縁な人の方が少ない時代になっていくわけじゃないですか。もちろん社会インフラがもっと整うべきだとは思うんですけど、完全に隅々まで行きわたるのは現実にはなかなか難しいとしたら、やっぱり「困ったときはお互いさま」精神をみんなが共有している社会を目指すしかないじゃんと。
ーいわゆる、心のバリアフリーですね。
自分だけではどうすることもできない場面っていうのはいずれ誰にでも絶対に発生することなわけだし、そこでいちいち不便や不快を感じたくないというのも万人共通でしょう。その意味でバリアフリーは我々全員に関係する課題ですよ。いずれにせよ、車いすであることがそこまで障壁にならない社会になってほしいと思いましたね。
ー今回の体験を経て、これから何かアクションしていきたいと思うことはできましたか?
車いす体験は継続してみたいですね。普通に動かせるようにはなったので。競技用の車いすにも乗ってみたいです。あと、それ以外の障害についても疑似体験できる機会があればしてみたいです。
ラジオ本番中ももちろん車いす! 車いすに対する提案も?
当日の『アフター6ジャンクション』では、宇多丸さん、月曜パートナー・TBSアナウンサーの熊崎風斗さん、本日の体験をアテンドしてくれた杉原さんに加えて、仮面女子の猪狩さんを招いて「カルチャーとしての車いす」をテーマにしたトークも。車いすを取り巻く現状や未来について、4人で語り合った。
特に今は、「医療用」という側面ばかりがフォーカスされているので、もっと「スポーツ」や「ファッション」として車いすが取り上げられるようになると、より私たちの暮らしに近い存在になるのではないか。そんな提言があった。
また、猪狩さんから宇多丸さんへ「次は車いすテニスをやりましょう!」とアプローチも。今日の出来事から、さらなるアクションが生まれてきそうだ。
たった1日ながら多くの気づきがあった今回の車いす体験。大きな可能性を感じると同時に、インフラ整備の不十分さ、そして心構えの足りなさも感じることになった。大げさではなく、これから先、誰もが車いすのお世話になる可能性がある。だからこそ、今のうちからもっと広い視野で、そして自由な発想で考えてみる必要がありそうだ。そして、番組放送まで車いすに座り続けた宇多丸さん、お疲れさまでした!
ライムスター宇多丸(うたまる)
日本を代表するヒップホップグループ「RHYMESTER(ライムスター)」のラッパー。TBSラジオ「アフター6ジャンクション」(毎週月曜日から金曜日18:00-21:00の生放送)をはじめ、TOKYO MX「バラいろダンディ」(毎週金曜日21:00~21:55)、AbemaTV「ライムスター宇多丸の水曜The NIGHT」(毎週水曜日25:00~27:00)、TBSラジオ・プレイステーション presents 「ライムスター宇多丸とマイゲーム・マイライフ」(毎週木曜21:00〜21:30)など、さまざまなメディアで切れたトークとマルチな知識で活躍中。現在は結成30周年記念ツアー KING OF STAGE VOL.14 「47都道府県TOUR2019」の真っ最中。RHYMESTERの「裏」ベスト、12年ぶりの第二弾『ベストバウト 2 RHYMESTER Featuring Works 2006-2018』も発売中。
http://www.rhymester.jp/