「密着!パラアスリートの肖像」〜車いすバスケットボール・香西宏昭選手 vol.2〜

2018/12/03

「僕たち日本は、もしかしたらこれから世界にとって驚異的な存在となっていくのかもしれないなと......」。エースのこの言葉に、心の震えが止まらなかった──。

「未経験の地に足を踏み入れたなという感じ。正直、ちょっと信じられないんです。でも、ここまでやってきたんだからそうだよな、という気持ちもあって......」。勝敗にかかわらず、試合後のインタビューではいつも淡々と振り返る香西宏昭。決して大げさなことは口にはしない選手だ。そんな彼の高揚した様子に、日本の車いすバスケ界に差し込まれた光の大きさが映し出されていた。

5000人超が見つめた史上初の歴史的快挙

6月8~10日、武蔵野の森総合スポーツプラザで開催された「三菱電機 WORLD CHALLENGE CUP 2018」。総当たりで行われたリーグ戦でドイツ、カナダ、オーストラリアを撃破した日本は、決勝でもオーストラリアを破り、全勝での完全優勝を果たした。

及川晋平ヘッドコーチ(HC)率いる男子日本代表は、2016年リオデジャネイロパラリンピックでは9位に終わった。そのリオ以降、徹底的に作り上げてきたのが、攻守の素早い切り替えを武器とする「トランジションバスケ」だ。

その常にアグレッシブな動きを求められるトランジションバスケを体現するために必要な強靭なスタミナを養おうと、リオまでの「ハードワーク」から「ベリー・ハードワーク」へと過酷さを増したトレーニングを課してきた。そんな約1年半にわたって積み上げてきたものが今、実を結び始めたのだ。

決勝後の優勝インタビューで、及川HCは、こう語った。 「これだけの強豪国が参加した大会で、全勝での優勝は、私が知る限り、日本車いすバスケ界において歴史上初めてのこと」

5000人超のファンが詰めかけた会場には、歴史的瞬間の訪れの余韻がいつまでも残っていた──。

「若手の成長」と「エースの存在」

アジアオセアニアチャンピオンのオーストラリアをはじめ、カナダ、ドイツといずれも今年8月の世界選手権に出場する強豪国が参加した今大会、簡単に勝てた試合などは一つもなかった。振り返れば、決勝を含めた全4試合、2Qあるいは3Qの終了時点で、ビハインドを負っていたのは日本の方だった。それを試合の後半に逆転して勝利に導いているのだ。

そこから見えたのは、40分間あるいは連戦でもアグレッシブに動くことのできるフィジカル面はもちろん、劣勢な場面でも気持ちを切り替え、最後まで集中力を切らさないメンタルの強さにほかならない。

そして、もう一つは若手の成長における選手層の厚さだ。決勝進出がかかったリーグ戦3試合目のカナダ戦で3Q終了間際、43-43という同点の局面に指揮官が選択したのは、香西、藤本怜央のダブルエースと、守備の要であるキャプテンの豊島英という日本の軸である3人をいずれも外したカード。昨年のU23世界選手権ベスト4メンバーの古澤拓也、鳥海連志、岩井孝義の3人と、昨年台頭してきた秋田啓というフレッシュなメンバーに、宮島徹也を加えたラインナップだった。

すると、若手がその期待にしっかりと応えた。引き続き4Qのスタートもコートに送り出された彼らは、一気に流れを引き寄せ、チームを勝利へと導いたのだ。日本が目指す「エース頼りからの脱却」に向けた確実な歩みとなったことは間違いない。

だが、その一方で「ここぞ」という時にチームが全幅の信頼を寄せることのできる主力の存在の大きさを改めて感じた大会でもあった。

特に前回大会で1点差に涙をのんだオーストラリアとの決勝は、まさにそれが体現された試合だった。2Qを終えた時点で、28-30と2点ビハインドの日本は、3Qで逆転するも、4Qの前半でオーストラリアに連続得点を奪われた。一方の日本は得点を挙げられずに再びリードを許し、試合の主導権はオーストラリアが握ったかに思われた。

しかし、この嫌な流れを断ち切ったのが、香西だった。4Qはそれまでベンチでコート上のチームメイトを鼓舞し続けてきた香西は、途中交代すると、素早い動きでカットインからのレイアップシュートを決めたかと思えば、今度は左コーナーから鮮やかなミドルシュートを決めてみせた。すると豊島もそれに続き、連続得点。その後2人は競い合うかのように得点を重ね、なんと6分半の間、2人で14得点を奪ってみせた。一方のオーストラリアはそれまでの勢いが嘘だったかのように1本もシュートを決めることができなかった。

真価が問われるのはこれから

優勝が決まった瞬間、ふと頭に浮かんだのは、今年に入って香西がよく口にしていたこんな言葉だった。「僕たち日本は、そろそろ勝つチームにならなければいけないんです」。その「訪れ」を、彼は実感していたに違いない。

だが、「いいスタートを切った」という指揮官の言葉通り、これは2020年への序章である。まだまだ強い相手はおり、世界はまだまだ強くなる。そして日本も、まだまだ成長し続けるからだ。

2020年に向けて日本の現在地について訊くと、香西からそれまでの高揚した雰囲気がスッと消えた。代わりに引き締まった表情を見せた彼は、こう答えた。

「2020年のゴールに向けては、まだ山の中腹にも満たないと思います。今回結果を残した日本に対して、世界は対策を練ってくるはず。その時が本当のチャレンジになってくる。それを考えると、今の精度では全然足りない。この勝利をただ嬉しいというだけで終わらせるのではなく、ここから上がっていかなければならないと思っています」

今大会の結果は、世界各国が情報を得ているに違いない。2カ月後の世界選手権では、日本に対して、より本気で臨んでくるはずだ。その時、日本はどう戦い、どんな結果を出すのか。

刻々と近づく日本のバスケの真価が問われる戦いに向け、エースは今、淡々と「やるべきことをやる」日々を積み重ねている。

PROFILE

香西宏昭(こうざい・ひろあき)

1988年7月14日、千葉県出身。12歳で車いすバスケットボールに出合い、高校時代には日本選手権で2度のMVPに輝く。高校卒業後、車いすバスケの名門・イリノイ州立大学進学を目指して単身渡米し、2010年に編入。大学3、4年時には2年連続でシーズンMVPを獲得した。卒業後、13年より6シーズンにわたってプロとしてドイツのブンデスリーガでプレー。日本代表には06年、高校3年の時に初選出され、パラリンピックには08年北京、12年ロンドン、16年リオデジャネイロと3大会連続で出場している。

関連記事

記事をもっと見る